ファシリテーション・レジュメ

チーム学習の最大の弱点

私たちは、「チーム学習(メタ探求型学習が条件)」の多大な可能性に魅了されています。8ヶ月のスクラムを終え、私たちだけでなく、「スクラム参加者」も同じように魅了されています。

ところが、このチーム学習は「大きな問題」を持っています。

それは「体験がないこと」です。

しょうがなく「チーム学習」

スクラム参加者のほぼ全員が口を揃えて言うことがあります。

「体験するまでは、チーム学習、人と繋がるなどは「しょうがなく」するものだと思っていました。ワークショップも、学ぶために「仕方なく」出席するものだと思っていました」

「しかし、1度、2度と参加しているうちに、「仕事を調整して、すべて参加しよう!」と思うように変わりました。そして、Slackも積極的に活用するように変わりました」

「今では、何でもかんでもチーム学習で学びたい!とすら思っています」

このような声をもらいます。

なぜ、不安なのか?

私たちは「体験したことがないもの」「聞いても理解できないもの」に対して、不安という感情を呼び起こします。不安という感情によって、先が予想できないものを避けることが可能です。

結果、「チーム学習に不安」を感じる人が多々います。
ほぼ、「すべての人」が、不安を感じます。

大抵の人が「教育 = 学校教育」をイメージしています。学校教育では、教室に多くの人が集まっていても、隣同士で話し合うことは、ほとんどありません。議論したり、一緒に何かを作り上げて学ぶような体験をすることはありません。

逆に

「私語を慎みなさい!」
「授業が終わってから話しなさい」
「黙って聞きなさい」

と言われることの方が多いでしょう。

同様に、講演会やセミナーも「人は集まっているけど、横の人と繋がることはない」です。

しかし、よく考えてみれば、私たちのチーム学習のような体験は、「教育の世界」にはありませんが、別の世界には、ゴロゴロ転がっています。

スクラムは「部活で青春する」、ワークショップは「バーベキュー」

スクラムに最も近い体験は「部活」です。もう甲子園は終了しましたが、秋から冬は「高校サッカー」の時期です。スクラムの体験は、いわゆる「クラブ活動」「部活」に近いです。

新入部員としてバスケットボール部に入ったとします。同期には「上手い人」もいれば「それほどでもない人」もいます。目的は、少しずつ違います。熱い青春をおくりたい人、女子マネージャーに一目惚れした人、全国大会を目指している人、どこでもいいから入ったけど、最終的にはトップクラスを目指している人(スラムダンクをイメージしてみました)などなど。

全員、バスケットボールをすることでは一致しています。

共に練習し、教えあい、失敗したり、成長したりしながら、切磋琢磨するのが「部活」の体験です。スクラムは、参加者同士で「友達」になります。

友達になるぞ!と気合を入れてもらったり、ぎこちない名刺交換などはしません。シンプルに「ワークショップ」で顔を合わせ、その後もSlack(プライベートSNS)で情報交換することで、自然に「友達」になります。

さらに「自習室」「お茶会」で、気軽に話すことで、より深く関係を築きます。

こうやって「学ぶことを通じて、友達ができる」というのが、スクラムです。

なおワークショプは「バーベキュー」に似ています。その場で役割分担して、「米がかり」「肉がかり」「スイーツがかり」がそれぞれ何かを作ります。そして、最後にみんなで「いただきまーす」と食べる感じです。

ワークショップでは、学ぶ対象を「分割」して「それぞれ分担」して、探求し、解決策を考えたりして、それを全員でシェアする形で進みます。これが、めっちゃ楽しいです。

このような体験なので「部活」に近いイメージがある「スクラム」という言葉を選びました。もちろん、他にも「スクラム開発」という「メタ探求型の開発手法」にも、着想を得ています。

チーム学習は「効率的」です

チーム学習で扱う課題は「あえて面倒なもの」にしてます。なぜなら、チームで集まって、みんながいるときでないと「面倒なことができない」からです。一人で学習するとき、どうしても面倒なことから逃げ出してしまいます。

例えば、マーケティング4.0ならば「第一部 マーケティングを形作る基本的なトレンド」は、一人で読書している場合は、「ほぼ確実に読み飛ばし」ます。

第一部は「社会の変化」や「デジタル化、コネクテッドによって人々の認識の変化」を取り扱っています。すごく興味深いですが、抽象的です。そして「どうしたらいいの?」というハウツーは、あまり引き出せません。

一方で第二部 4章は「いわゆる5A」「カスタマージャーニーマップ」が登場します。図があり、自分でマップを作れば「プランができたように」見えます。ハウツーがあって、何をやったらいいか?が「わかった気」がします。

「マーケティング4.0は、5Aのカスタマージャーニーマップを書いたらいいんだ」

みたいな印象を受けます。

もちろん、ご想像の通り「違い」ます。カスタマージャーニーマップを描こうにも、顧客について知る必要があるし、顧客の内面で起こるパラドックスも考慮することが必要です。また3つのOについても、どれぐらい比重があるか?などなど。

いろんな要素を考え、マップを作ることで「頭を整理する」ことになります。この時に必要になるのが「面倒で読み飛ばしてしまう「第一部」の内容」です。

ワークショップに参加した限りは、「90分は、強制的に提示されたテーマを探求する」ことになります。

周りの参加者に

「デジタル時代よりも、カスタマージャーニーやりません?」
「ファシリテーターの方も、そう思いませんか?」

と同意を取る方が大変です。参加したからには、提示されたテーマを「やり遂げよう」と思うものです。

ここにチーム学習の良さがあります。「一人ならやらない面倒だけど、大事なことを深く学ぶ、探求する」ことがチームならできます。しかも、楽しい体験として可能です。

一番の勘所、大事なところをワークショップで抑えてしまえば、あとは「独学」することができます。独学をして、その成果をSlackで共有し、次回のワークショップにつなげていきます。

このような体験を通じて、学ぶため「チーム学習」を中心に組み立てられている「スクラム」は楽しく、深く学べます。

効率だけでは、意味がない

ところが、私は「教育」や「学ぶこと」は、人の根本的な部分であり、もっと大きな可能性を秘めていると思っています。可能性というよりは、「大きな責任」があると考えています。

知識社会になり、私たちの人生の大半は「忙しく」なりました。

信じられないかもしれませんが、FA(工場のオートメーション化)やOA(オフィスオートメーション化)が登場する前夜は、

「これから労働時間がが大幅に減って、余暇時間が増える」
「この増大する余暇をいかに有意義に過ごすか?が社会問題になる」

と、まことしやかに議論されていました。

実際は、知識労働へ移行し、私たちの労働時間は伸びました。ただし、知識労働は「自己実現の手段」「社会と接続する手段」に置き換わりました。

そして知識労働の増大と共に、比例して増大するものが「学習時間」です。知識社会、これから続く変化の時代は「学ぶ時間」が大幅に増加します。

人の人生の時間に関わる「教育」は、可能性ではなく「責任」があります。単に「何かができるようになるだけ」では、責任を果たしたとは言えません。

私が「チーム学習」を選んだ理由は、「人を幸せにする」からです。成長はスムーズではありません。しばらく結果が出ない日々が続いたりします。そしてある時、ポンと伸びます。そしてまた、しばらく停滞します。

このような学習体験を「結果がでない間も、楽しいもの」にする必要があります。また、本来、学ぶことは楽しいものであったはずです。その楽しさを取り戻す責任が、これからの教育には課せられていると思います。

そして時間という有限で、戻ってこない資源を消費する(しかも大量に)教育は、もっと「全体性」「広い視点で、様々な側面」を見るべきです。つまり、人を幸せにするという観点から考え直す必要があります。

その答えが「ラーニング・コミュニティ」です。

ハーバードの超有名な研究があります。長期(75年)に渡って、様々な立場の人の人生を記録し続け、人の「幸福感」と「健康」に重要な影響を与える要因を調べた研究があります。

この研究で指摘されている「ある要素」の一役を担いたい、担うことができるのがチーム学習であり、共に学んだ人々がその後も繋がる「ラーニング・コミュニティ」です。

(日本語字幕が出せます)

非常に面白い研究です。
是非、ご覧ください

あなたと共に学べる日を楽しみにしています。

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